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〈10心の相談員〉 「尊敬」しなければ見えないものがある

聖教新聞2025年3月16日付

 

 「尊敬」しなければ見えないものがある

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 小学校のチャイムが鳴った。1限目が始まっても、その男子児童は校舎に入らない。校庭のブランコで遊んでいる。

 すぐそばに、ほんのりと笑顔で見守る、白髪の〝おじさん〟が一人。教員ではない。保護者でもない。西田よしゆきさん(本部長)、67歳。石川県小松市で「心の相談員」を務めている。校長から託された役割は「男子児童が自分の意思で教室に入るまで、彼の気持ちを大切にしてほしい」。

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 子どもが「相談に乗ってほしい」と言うケースは、ほとんどない。だが何らかの言動に「知ってほしい」「分かってほしい」といったメッセージを、無意識にしのばせている。教育現場で一人一人に寄り添い、そのメッセージをキャッチするのが西田さんの仕事だ。

 約40年間、システムエンジニアとして働いてきた。人間の〝想定通り〟にコンピューターが動くよう、仕組みを企画・設計する職業である。第2の人生は「もっと人と触れ合いたい」と考えた。介護・障がい者・引きこもり支援を経て現在に至る。

 人間は、〝想定通り〟にはいかない。まして子どもの場合は。だからこそ「面白いし、すごいと思う」(西田さん)。

 校庭に面した給食室から、玉ねぎをきざむ音が聞こえてきた。シャクシャクシャク、トントントン……児童は包丁さばきのマネをする。西田さんも「今日の献立は何だったっけ」と言いながら、一緒に〝作業〟する。児童は満足したように、2限目の授業に向かった。

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 伴走は続く。児童は机の上にノートを開いて、イラストを描き始めた。「ぼう人間の物語なんだ」

 棒人間には、羽がいちよくだけ生えている。西田さんは「なぜ一つなの?」とたずねた。実はもう一方のつばさも懸命に羽ばたいているのだが、「残像で見えない」そうだ。

 彼には発達障がいがある。西田さんは思った。棒人間は、この子ではないか。羽の残像は、飛び方を必死に探している心の表れではないか。そうとらえると、彼のつらさも頑張りも見えてくる。

 真意は分からない。だが子どもの行動にはすべて理由がある。多くの人が〝普通と違う〟〝問題だ〟と感じるような行動も、〝目には見えない思い〟が〝目に見える形〟になったものだ。ところが固定観念や先入観、そして「子どもを下に見る心」が、大人のまなざしをくもらせてしまう。

 子どもを尊敬せよ──人生の師匠・池田先生から学んだこの哲学を実践した分だけ、「私自身も育てられているんだ」と西田さんは実感する。

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 いつだったか。道徳の授業中、「人との関わりの中で感動したことを書いてみよう」との設問を前に、鉛筆が全く動かない児童がいた。聞けば、「感動したことはない。感動が何か分からない」という。家庭の状況が複雑で、両親から大切にされた記憶もないらしい。「感動とは何か」を語ったが、伝わらない。

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 西田さんの朝晩の祈りに力がこもった。やがて気づく。「彼の中にすでにある『未知の可能性』──それ自体がもう、感動そのものなんだ。それを私が信じ抜き、感動できるかどうかなんだ」

 1カ月、2カ月、3カ月……授業中も休み時間も、彼に温かな言葉を注ぎ続けた。好きなことや興味のあることを分かち合い、楽しく語らった。

 ある日、西田さんに児童が言った。「大きくなって会社の社長になったら、スポーツカーを買って西田先生とドライブに行くんだ」。西田さんが思わず涙ぐむ。児童の胸のうちで何かが動いた。学習に消極的だった姿勢にも、変化が現れた。

 心は、心でしかひらけない。心は心に応えて、いかようにでも豊かに変わる。「心の相談」とは、人間を信じ、尊敬することから始まるのだろう。

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