お悩みカフェ❻ 正解よりも支えた事実を
〈Q〉保育士・30代の悩み
医療的ケア児に限らず、何らかの配慮やケアを必要とする子どもと関わる中で、「この子の人生を左右してしまうのではないか」と不安になることがあります。一つ一つの関わりや判断に重みを感じ、「本当にこれで良かったのだろうか」と、あとから考え込んでしまうことも少なくありません。この不安と、どう向き合えばいいのでしょうか。
〈A〉正解よりも支えた事実を
その不安を抱くこと自体が、あなたが一人一人の子どもに真剣に向き合っている証しなんですよね。保育の現場で感じるその重さは、決してあなただけのものではありません。
ただ、ここで一つ、立ち止まって考えてみてほしい視点があります。保育士が日々しているのは、「この子の人生を左右する決定」ではなく、その子が安心して生きる土台を、今日一日分整えることだ、という捉え方です。
例えば、「今日はここまでできた」「ここで無理をさせなかった」「泣いたけれど、最後は落ち着いて過ごせた」。そうした一つ一つは、劇的ではないけれど、確かに子どもの人生を支える材料です。
保育の現場では、命を守ることを大前提としつつも、たった一言や一度の判断で、その子の人生が決まってしまう場面は、実はほとんどありません。むしろ、同じ場所で、同じ時間を過ごし、目を合わせ、声をかけ、待ち続ける──その繰り返しが、点と点をつなぎ、結果として子どもの「生きる力」や「安心感」を育てていくのだと思います。
だからこそ大切なのは、迷ったときに「正解だったかどうか」を一人で背負い込まないことです。不安や迷いは、同僚や保護者、専門職と共有していい。「一人で決めない」「一人で抱えない」関係をつくること自体が、保育士としての大切な専門性です。
そしてもし、「本当にこれで良かったのかな」と考え込んでしまう日は、判断の正誤を振り返る代わりに、今日できた〝安全〟や〝安心〟を一つだけ書き留めてみてください。
「今日は安心して眠れた」「笑顔で帰れた」「落ち着くまで待てた」──正解探しではなく、支えた事実を見つける。その作業を重ねることで、関わりの重みは、少しずつ〝確かさ〟に変わっていきます。
