お悩みカフェ❿ 「摩擦を小さくする」くらいでOK
〈Q〉小学校教諭・20代の悩み
子ども一人一人の可能性は信じられます。その子の行動にも、必ず理由があると思えます。一方で正直に言うと、保護者に対しては、同じように尊敬したり、信頼したりすることが難しいと感じる場面があります。こちらの説明が通じないのではないか、責められるのではないか、そんな不安が先に立ってしまうのです。教員として、この感覚とどう向き合えばいいのでしょうか。
〈A〉「摩擦を小さくする」くらいでOK
その感覚は、冷たさや未熟さから生まれているものではありません。むしろ、責任を引き受けて現場に立っているからこそ生まれる不安なんですよね。
子どもに対しては「成長の途中にいる存在」として時間をかけて見守る視点を自然と持てます。一方で保護者対応になると、説明責任や結果、評価といったものが一気に前に出てきます。その瞬間、教員は「専門家」というより、一人の対応者として試されている立場に立たされる。だから身構えてしまうんです。
ここで大切なのは、子どもへのまなざしと、保護者との関係を同じ物差しで考えないことです。子どもを信じることと、保護者をすぐに尊敬し、信頼し切ることは同じではありません。
信頼は、最初から抱ける〝気持ち〟ではなく、小さなやり取りを重ねる中で少しずつ形になっていく〝関係〟です。だから最初は「尊敬しよう」と思えなくても大丈夫。「まず、必要なやり取りを丁寧に続ける」。それで十分です。
工夫としては、保護者の言葉をすぐ〝要求〟として受け取る前に、「この人は今、何に一番不安を感じているんだろう」と一呼吸おくこと。それだけで、受け取り方や対応のトーンが変わってきます。
そして何でも一人で引き受けないことも肝心です。管理職や学年団と情報を共有し、「学校としての対応」にしていく。それは逃げではなく、専門性を保つための判断です。
いきなり信頼できなくて当たり前。まずは「衝突を避ける」より「摩擦を小さくする」くらいでOKです。信頼は、感情より先に、手順で育ちます。
